廃れ街で死人にあいたがる

とても夢みたいな夢を歩いているんだ。
何かから逃げていたところだろうか、何かを必死に探し求めていたところだろうか。気が付いたら私は仄暗いトンネルをただ只管に走っていた。
聴力を失ったかのような静けさ。自分の足音さえも遠く感じる。全ての音や感覚が私を置き去りに、徐々に、遠退いてはぼやけてゆく。

トンネルの向こう口から広がる青空の雲は、薄っすらとした金色の光を帯びて輝いていた。だが向こう側に辿り着いて見上げた空には雲なんて無く、雲だと思っていたそれは地べたに落ちていた、ただの水泡だった。
泡沫と目が合うと、金色か白だったものはゆっくり赤くなり、やがては溶けて消える。それはゾッとするくらい麗しい、夢みたいな光景だった。

視野に広がる街の建物は全体的に低くて、邪魔ものなんて何もない。見上げる高い空が一層綺麗に見える。すぐ足元の深く細い川は路の真ん中に太い線を引き、世界を黒く裂いていた。その隙間を縫っているのは白く長い石橋だけで、まるで横断歩道っぽい。私は擦り減った好奇心で、道端に落ちていた石ころを裂け目に放り投げてみた。微かに聞こえてくるのは小さな水の音、しかし、底は無い。
その街からも結局、私は逃げ出してしまう。空が紅く染まっていく夕方に。なんとなく、「人」が出歩いてはいけない気がした。


この景色に人は要らない。


歓迎されることは決して無いと、それだけの屁理屈をこじ付けて私は街を抜け出た。専門性の欠片も無い報告だって?いいじゃないか、夢の中くらい。

逃げ出しっぱなしだけど、それでも私はただ、この廃れ街で死人にあいたかったんだ。だから街の果てに遺された鉄骨丸出しの塔を登る、螺旋階段をぎしぎしと。一歩一歩に合わせて、不快な音が奏でられる。
きっとこの塔は何十年も放置されたのかもしれない。今にでも足場を崩して落ちてしまいそうだ。けれど、それでも最後まで登って飛び降りないと。この階段を上がるという行為に意味は無い。そう。焦らず最後まで、ちゃんと登らないと、あの人には逢えないよ。

ふと下を見てみると、ただでさえ低く小さかった街がまるでおもちゃのようだ。足を止めることはないから、おもちゃの街はまた徐々に、遠く、小さくなる。暗くて下も前もぼんやりしか見えなくなるなっても、ただただ上を目指して歩を進める。

午前4時、時間の止まった夜空をほんのりと照らす月たちが、一列に並んで浮かぶ時間。気を取られた様に白い階段をぐるぐる登り続け、ようやく真上に立つ。この世界で一番高い所に。
星空は晴れ渡り、月々は白く冷たく光る。その一面が余りにも眩しくて、自分の知っている月とは思えないくらい大きくて、目前まで近寄ったかのような錯覚に陥入ってしまいそうだ。
こんなに美しい世界を一人だけ嗜むなんて、勿体無くて勿体無くて仕方がなかった。この景色を切り撮って残せないのがただただ口惜しいのだ。
そんな夜だった。


あの人はどこにいる。




事件記録1: 20██年█月██日、新たに発見された異次元を観測するため、機材を点検していた柏森██博士が行方不明となりました。詮索の結果、未だに接触の試しがなかった次元である故、詳細は最低ヒューム値0.74を記録した事しか判明していません。
人材の損失を防ぐため、今後ともDクラス職員のみを用いて実験、研究することを提案します。 -甘利研究員






[編集済] の録音記録

██研究員: 例の機材、どうなるのです?

███博士: さあな……とにかくだ、無闇に触るなよ。また犠牲者が出るかも知れん。
確か似たような事故が何年か前に、また一つあったような気がするがね……。

██研究員: そうなんですか?そんな大事故があってまた……データベースに残ってるんですよね?見ておかないと……。

███博士: うむ……いいや、残ってはいないだろうさ。私の記憶も定かではないからなあ。
まあ気にする事は無かろう。考えてみたまえ、君の言う通りの大事故なら、皆が覚えている筈だろう?



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